命名書は誰のためにあるのか - いのちのヨハク

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命名書は誰のためにあるのか

名前が生まれた瞬間を残すもの

命名書を書く仕事をしていると、時折立ち止まって考えることがあります。命名書は、いったい誰のためにあるのだろう、と。赤ちゃんが生まれ、名前が決まる。その名前には多くの場合、願いが込められています。健やかに育ってほしい、優しい人になってほしい、強く生きてほしい。など両親がたくさん考えて悩んで決めたお名前です。けれど、そうした想いは言葉にしなければ時間とともに薄れてしまうものでもあります。命名書は、その瞬間の気持ちを目に見える形として残すためのものなのだと、私は思っています。

赤ちゃんのためだけではない

命名書は赤ちゃんのためのものだと考えられがちですが、実際に書き続けているとそれだけではないことに気づきます。命名書は赤ちゃんのためでもあり、同時に親のためのものでもあるのです。出産は人生の中でも特別な出来事であり、不安や痛みを乗り越えてようやく出会えた命です。その大切な命に熟考の末選ばれた名前には、親の覚悟や愛情が凝縮されています。命名書は、親になった覚悟や責任、我が子への愛を形として残すものでもあり、家族が始まった証のようなものでもあるのだと思います。

家族の物語の最初の一頁

時間が経つと、命名書は額に入れられた一枚の紙のように見えるかもしれません。部屋の一角に静かに飾られ、日常の景色の一部になっていく。それでも本当は、そこには家族の物語の最初の一頁が刻まれています。その子が生まれた日のこと、名前を決めたときの会話、迷いながらも選んだ理由、そして抱いた希望。それらは目に見えなくても確かに存在しており、命名書はそういった両親の想いを一緒に馳せています。だから私は、いつもその家族の始まりを書いているつもりでワクワクした気持ちで筆を持っています。

成長した子どもに届くもの

命名書の意味が本当に表れるのは、むしろずっと先のことかもしれません。子どもが成長し、自分の名前を好きになれない時期が来ることもあるでしょう。親に反発したり、自分の存在に迷ったりすることもあるかもしれません。そんなとき、ふと命名書を見て、そこに込められた願いを確認する瞬間に自分は望まれて生まれたのだということや自分の存在には最初から意味があったのだということを感じられたらいいな、と思います。その事実を、命名書は言葉にせずとも静かに伝えてくれる、そんな存在でいてくれたらとっても嬉しいです。

だから私は手で書く

命名書は、なくても生きていくことはできます。飾らない家庭もありますし、データで保存する人も増えています。それでも私は手で書き続けたいと思います。命名書は装飾でも記録でもなく、家族が生まれた大切な思い出やその時の気持ちと一緒に残すものだからです。また、筆文字でしか感じられないぬくもりや、込められた想いが必ずあるからです。だから何枚も練習して納得のいくまで向き合い、字形や線の伸びなど、自分の実技や感性の鍛錬も怠りません。

命名書が向かう未来

命名書は誰のためにあるのか。それは赤ちゃんのためであり、親のためであり、そして未来のその子自身のためなのだと思います。今この瞬間の願いを、時間の流れの中でも消えない形として残すもの。それが命名書なのではないでしょうか。私はそう信じながら、今日もまた一つの名前に向き合い、静かに筆を運んでいます。

息子の初宮参り。

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